東海エリア発の男性ご当地アイドル・エンターテインメント集団として一世を風靡し、日本武道館やナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)単独公演を成功させてきた「BOYS AND MEN(ボーイズアンドメン・通称ボイメン)」。泥臭い全力パフォーマンスと地域密着の結束力で全国区へと駆け上がった彼らですが、その足跡は決して平坦なものではありませんでした。
相次ぐ中心メンバーの卒業、突如世間を揺るがした契約解除劇、そして長年所属した芸能事務所「フォーチュンエンターテイメント」との専属契約終了と新グループ名「でらっくす・ボーイズ」への改名発表――。グループを取り巻く環境は激変を遂げています。本稿では、歴代メンバーの脱退理由の真相から最新の活動実態、ファンのリアルな評判まで、客観的証拠と多角的な証言をもとに徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2022年の絶対的リーダー水野勝の卒業と小林豊の不祥事による契約解除がグループの大きな転換点となった。
- 要点2:長年歩みを共にしたフォーチュンエンターテイメントから独立し、「でらっくす・ボーイズ」への改名移行プロセスが進行中。
- 要点3:辻本達規や田村侑久ら現行メンバーは個人・グループ双方で地域とメディアを牽引し、泥臭い原点回帰の挑戦を継続している。
【脱退劇の真相】主要メンバーの卒業と電撃契約解除の全貌
ボイメンの歴史を語る上で避けて通れないのが、屋台骨を支えてきた看板メンバーたちの離脱劇です。特にグループ結成10周年を超えた直後の2022年春、立て続けに起きた2つの出来事は、ファンコミュニティのみならずエンタメ業界全体に大きな衝撃を与えました。
まず多くの支持を集めていた水野勝の卒業理由ですが、これは前向きな個人のキャリア選択による円満な旅立ちでした。グループの結成初期からリーダーとして牽引し、悲願であったナゴヤドーム単独公演を成し遂げた水野は、30代を迎えるにあたり「ひとりの俳優として勝負したい」という強い意志を表明。2022年5月の卒業公演をもって、12年間にわたるリーダー職に自ら終止符を打ちました。公式インタビューや当時の手記でも、グループへの感謝と後進への信頼が丁寧に語られており、現在も映画や舞台を中心に着実な実績を積み重ねています。
一方で、ファンに計り知れない衝撃と動揺をもたらしたのがボイメン小林豊契約解除の真相です。特撮ドラマ『仮面ライダー鎧武/ガイム』で全国的な知名度を獲得し、グループの牽引役だった小林ですが、2022年4月8日、所属事務所より突如としてマネジメント契約の即日解除が発表されました。報道各社および公式リリースによると、過去に発生した物損・万引き事案(窃盗容疑事案)が週刊誌の取材によって表面化し、本人への事実確認を経て処分が下されたというものです。直前まで卒業イベントの準備が進められていた中での電撃解雇となったため、現場の混乱と関係各所への影響は甚大でした。
さらに遡れば、初期から表現力でグループを引っ張っていた実力派・田中俊介の脱退(2019年11月)も大きな節目でした。田中は頸椎椎間板ヘルニアの悪化という身体的限界に直面し、激しいダンスパフォーマンスを伴うグループ活動の継続を断念。苦渋の決断を経て俳優へと専念する道を選びました。このように、ひと口に脱退と言っても、肉体的な限界、俳優業へのステップアップ、そして規律違反による契約解除と、その背景にはまったく異なる力学が働いていたのです。
【歴代メンバー一覧と変遷】メンバーカラーと脱退・在籍タイムライン
ボイメンは黎明期から多数のオーディションや派生ユニット編成を繰り返してきました。劇団員のような立ち上げ期から現在に至るまで、主要メンバーの足跡とボイメンメンバーカラー、そして現在判明している動向を以下の対比表に整理しました。
| メンバー名 | メンバーカラー | 離脱時期・離脱区分 | 離脱理由・現在の状況 |
|---|---|---|---|
| 水野 勝 | ゴールド | 2022年5月(卒業) | リーダーとしての使命達成、本格的な俳優業への移行。映像作品で活躍中。 |
| 小林 豊 | 黄緑 | 2022年4月(契約解除) | 重大なコンプライアンス違反事案の発覚による即日解雇。芸能活動無期限停止。 |
| 田中 俊介 | シルバー | 2019年11月(脱退) | 持病の頸椎椎間板ヘルニアによる身体的制約。現在は実力派映画俳優として高く評価。 |
| 田村 侑久 | 青 | 在籍(継続) | 脱サラからアイドルへ転身した看板。圧倒的なファンサと情報発信でグループを牽引。 |
| 辻本 達規 | 赤 | 在籍(継続) | 抜群の身体能力と熱血キャラ。バラエティ番組や地元岐阜の地域振興でマルチに活躍。 |
| 本田 剛文 | ピンク | 在籍(継続) | 高いトーク力と知性を活かしMC・情報番組で重宝。グループの知性派まとめ役。 |
| 勇翔 | 白・紺 | 2024年3月(卒業) | 無口なイケメン枠から車・モータースポーツ・特撮分野へ。個人活動へシフト。 |
| 吉原 雅斗 | カプリシャスグリーン | 在籍(継続) | 最年少メンバーとしてダンス・ボーカルを支える。舞台やソロライブも意欲的。 |
| 赤楚 衛二 | (旧所属) | 2012年頃(離脱) | 「赤楚衛(まもる)」名義で立ち上げ期に参加。上京後にトップ俳優へ大ブレイク。 |
黎明期の流動的な時期を含めるとボーイズアンドメン歴代メンバー一覧には数多くの名前が刻まれていますが、現在の体制は、数々の試練を乗り越えてグループの看板を守ることを選択した少数精鋭によって支えられています。
【実態検証】事務所独立と「でらっくす・ボーイズ」改名へのファンの反応と評判
2024年から2025年にかけて、グループを巡る最大の激震となったのが、育ての親であるフォーチュンエンターテイメントとの専属契約終了と、新グループ名「でらっくす・ボーイズ」への改名発表でした。公式リリースによれば、2024年3月31日をもって同事務所との専属マネジメント契約を満了。一定の移行期間を設け、仕事の内容やプロジェクトに応じて旧名称「BOYS AND MEN」と新名称「でらっくす・ボーイズ」を併用しながら、完全な新体制へとシフトする方針が示されました。
この前代未聞の改名に対し、SNSやファンコミュニティでは賛否両論を含む激しい反応が巻き起こりました。当時の主要なユーザーの声と現場の空気感を整理すると、以下の3つの傾向に集約されます。
第一に、「10年以上親しんだ“ボイメン”の名前が消えてしまうのではないか」という喪失感です。学ランを着て名古屋の街頭でチラシ配りから始めた青春の軌跡を知る古参ファンからは、「名称が変わっても泥臭いスピリットは残るのか」という切実な声が噴出しました。
第二に、「事務所主導からメンバー主体の自由な活動環境への脱皮」を歓迎する前向きな声です。メジャーレーベルとの契約や旧態依然とした地方芸能事務所の制約から離れ、メンバー自身がプロデュース権を握ることで、よりフットワークの軽い活動ができるのではないかという期待感です。
第三に、「ネーミングのインパクトに対する戸惑いと親しみ」です。『でらっくす・ボーイズ』という名古屋弁(「でら」=とても、すごい)を前面に押し出したネーミングに対しては、「あまりにコテコテすぎて驚いたが、格好つけないボイメンらしくて一周回って愛着が湧く」という好意的な受け止めも広がっています。こうしたボーイズアンドメン評判とファンの反応のグラデーションは、彼らが単なるアイドルではなく、東海エリアの生活文化に深く溶け込んだ存在であることの証明と言えます。
【2026年最新】現行メンバーの現在地|辻本達規・田村侑久らの活動実態
独立と改名移行期間を経て迎えた現在、残ったメンバーたちはどのような活動を見せているのでしょうか。グループの二枚看板である辻本達規と田村侑久の動きを中心に、現場の息吹をレポートします。
まず、情熱的なキャラクターでグループの熱量を底上げしてきた辻本達規の経歴と現在の活躍ぶりは特筆に値します。1991年5月17日生まれ、岐阜県出身の辻本は、野球部出身の屈強なフィジカルと「ど根性」を武器に、TBS系列『SASUKE』や全国ネットのスポーツ系バラエティ番組に単独で継続出演。さらに地元・岐阜県羽島市のアンバサダーや観光PR、サウナやキャンプといった趣味を活かしたアウトドア企画など、個人タレントとしての確立したポジションを築いています。グループの看板を背負いながら外の世界へ打って出るその姿は、グループ全体の生命線を繋ぐ重要な役割を果たしています。
一方、ファンとの距離を極限まで縮める天才肌として知られる田村侑久現在の様子は、まさに「ボイメンの精神的支柱」そのものです。大手企業の内定を辞退して脱サラし、ボイメンの世界へ飛び込んだという異色の経歴を持つ田村は、現在も現場での手厚いファンサービスやSNS配信を精力的に展開。単独でのファンミーティングや地域イベントの司会など、持ち前の人懐っこさとトーク力で現場の集客を支えています。「自分を信じてくれたファンを絶対に裏切らない」という彼のストイックな姿勢は、相次ぐメンバー離脱に心を痛めたファンにとって最大の精神的防壁となってきました。
また、インテリジェンスと安定した司会進行で東海ローカルの各番組から絶大な信頼を集める本田剛文、最年少ながらダンススキルの高さとアーティスティックな表現力でステージを締める吉原雅斗らも、それぞれの個性を先鋭化させています。5人体制から新たな組織へと移行する中で、彼らは大規模なハコでの動員競争から、ひとりひとりのファンと強固に繋がる「質の高いエンターテインメント空間」の創出へと舵を切っています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|人気順ランキングの虚実
ネット上のまとめサイトや検索エンジン周りでは、時に実態と大きく乖離した情報が一人歩きすることがあります。特に見直すべき2つの誤解を取り上げます。
一つ目は、「メンバー同士の不仲が相次ぐ脱退の原因ではないか」という憶測です。しかし、現場の取材や関係者の証言を総合すると、メンバー間の人間関係の破綻が直接の原因となったケースは見当たりません。むしろ、初期の極貧時代にひとつ屋根の下で共同生活を送り、チラシ配りから手売りチケットで場数を踏んできた彼らの絆は、一般的なグループ以上に強固でした。離脱の根本原因は、「30代を迎えた個人のキャリアの再定義(俳優への転身希望)」や「身体的故障」、あるいは「コンプライアンス管理という組織マネジメントの限界」といった、構造的な問題に起因しています。
二つ目は、検索需要の高いボーイズアンドメン人気順ランキングを巡る固定的な見方です。ネット上では「1位:水野勝、2位:小林豊、3位:田村侑久、4位:辻本達規…」といったかつての全盛期の序列が今なお語り継がれがちですが、現在の実態は大きく異なります。
主力メンバーが抜けた後のグループにおいて、単純な「上か下か」のランキングは機能していません。バラエティや全国知名度で牽引する辻本、熱狂的なコアファンを現場に動員する田村、情報番組や知性派枠で行政・教育系タイアップに強い本田、ステージパフォーマンスを担保する吉原と、それぞれの支持基盤が明確に棲み分けられています。誰か一人の絶対的エースに依存するピラミッド型から、個々が独立した強みを発揮して支え合う分散型の集合体へと、組織のあり方そのものが変容したのです。
組織の自立と芸能界の世代交代|ファンが見届けるべき判断基準
ボイメンが歩んできた激動の歴史は、地方創生型エンタメが直面する構造的な課題を浮き彫りにしています。ここで専門的な視点からその本質を読み解きます。
【プロの結論】地域密着エンタメの自立構造と心理的バウンダリー
地方都市を拠点に活動するアイドルやエンターテインメント集団は、結成初期において強力な創業者・マネジメント事務所への強い依存関係によって急成長を遂げます。いわば「家族的経営」に近い濃密な結束が武器となり、ローカルの熱狂を生み出す原動力となるのです。
しかし、メンバーが20代から30代へと成熟し、個々の人生観や職業倫理が確立されていくにつれ、事務所とタレントの間には健全な心理的バウンダリー(境界線)が必要となります。家族的な一体感が強すぎるあまり、規律管理が甘くなったり、逆に個人の表現欲求を抑圧してしまったりする摩擦が生じることは、芸能社会学においても典型的な組織のライフサイクル現象です。
フォーチュンエンターテイメントからの独立と「でらっくす・ボーイズ」への改名という選択は、まさにこの「組織的な共依存関係」からの脱却であり、30代を迎えた成人タレントたちが自立したプロフェッショナルとして自らの看板を背負い直すための必然的なプロセスだったと解釈できます。
こうした現状を踏まえ、今後のボイメン(およびでらっくす・ボーイズ)とどのように向き合うべきか、ファン目線での判断基準を提示します。
【今なお現場で応援し続けるべき人の条件】
- 完成された大手事務所のアイドルよりも、泥臭く試行錯誤を繰り返しながら道を切り拓く人間ドラマに共感できる人
- 辻本や田村をはじめとする現行メンバー個々の活動や、地域に密着した温かい距離感のイベントを大切にしたい人
- 「でらっくす・ボーイズ」という新たな看板を掲げて再出発する彼らの“第二章”を、ゼロから共に見届けたい人
【かつての思い出を心に留めるにとどめるべき人の条件】
- 10人前後の大人数でナゴヤドームの巨大ステージに立っていた「全盛期の圧倒的一体感」だけを強く求めている人
- 水野勝や小林豊といった特定の元看板メンバーが揃ったステージでなければ満足できない人
- 改名や体制変更といった変化を受け入れることに強い抵抗感がある人
【ボーイズ アンド メン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:現在のメンバーは何人ですか?新グループ名はどうなっていますか?
A1:専属契約終了および改名発表の時点で現行メンバーは5名体制(田村侑久、辻本達規、本田剛文、吉原雅斗など)となっています。事務所契約満了に伴い新名称「でらっくす・ボーイズ」への改名が発表され、一定の移行期間中は仕事内容に応じて従来の「BOYS AND MEN」と併用されています。
Q2:小林豊が契約解除になった本当の理由は何ですか?復帰の可能性はありますか?
A2:2022年4月に公表された窃盗(万引き)事案の発覚による重大なコンプライアンス違反が直接の解除理由です。事務所側も即日解雇という極めて重い処分を下しており、グループおよび関連芸能活動への復帰は事実上不可能となっています。
Q3:水野勝はなぜ卒業したのですか?現在の様子はどうですか?
A3:長年リーダーとしてグループを率い、ナゴヤドーム単独公演という大目標を達成したことを受け、30代を迎えて本格的に俳優業へ専念するための円満卒業でした。現在は舞台や映画、映像作品を中心に個人俳優として着実にキャリアを築いています。
Q4:元メンバーの赤楚衛二は本当にボイメンにいたのですか?
A4:事実です。赤楚衛二はデビュー初期の2010年〜2012年頃、本名である「赤楚衛(あかそまもる)」名義でボイメンの初期メンバーとして活動していました。その後上京し、現在の事務所に所属して本格的なブレイクを果たしました。
まとめ:激動の荒波を越えて新たなステージへ進むボイメン
名古屋の小さな稽古場からスタートし、泥まみれになりながら全国規模のドーム公演まで駆け上がったBOYS AND MEN。主要メンバーの脱退や契約解除という深い傷を負い、長年育てられた事務所からの独立と改名という前代未聞の荒波の中に身を置きながらも、彼らの根底にある「東海から元気を届ける」という情熱の炎は消えていません。
かつての華やかなドームの光景とは形を変えたとしても、30代を迎えたメンバーたちが自らの足で立ち、地域とファンに寄り添い続ける姿勢は、地域密着型エンターテインメントの新たな自立モデルとなり得ます。激動の転換期を越えた彼らがこれから紡ぎ出す物語を、過度な幻想や偏見を排し、地に足の着いた視点で見守っていきたいところです。 (出典: ボーイズ アンド メン(Yahoo!ニュース))